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その2:パリ

パリには2回、1999年3月に2泊3日と2001年年末年始に5泊6日滞在しました。どちらも短かったです。パリは前から美術館巡りがしたくて、行きたい場所ではあったけれども、一生行かないかもと思い込んでいた町です。それが2回も行くことになろうとは思っても見ませんでした。しかし、2回ともオランジェリー美術館は閉まっていた…ということは、「またおいで〜」というパリからのラブコールなのだろうか?(04年1月のボリショイのパリ公演が既に発表されているし〜(爆))オランジェリーは行くたびに、修復完了の時期が先に延びている気がするのですが…。

上の6枚は99年に撮影したものです。
その下の12枚は01年/02年に撮影しました。

 

ご存知、賛否両論ありましたルーブル美術館のガラスのピラミッドであります。最初に見たときは、「げげっ」と思いましたが、何度も見ていると見慣れてきて、違和感がなくなるのが結構恐いです。(赤の広場の真ん中にこんなものが登場したらビックリするものなあ)

地下にあるという、逆ピラミッドを見に行けなくて残念でした。何せ合計で72時間(3日間)に満たない滞在でベルサイユまで行ったんだからしょうがないかな。(宝塚好きとしてはベルサイユははずせなかったのです(笑))

皆さんご存知の凱旋門です。モスクワにも凱旋門はありますが、こちらの方が数段デカイです。モスクワのは上には登れません。パリの凱旋門は上に登れると知って早速TRY。しかもエレベーターが停止していたので階段で。いろんな所で教会などのドームに登ったりもしてますが、ここのも結構きてました。上からの眺めは思った以上に良かったですよ。(上からの眺めは下の2枚の写真をご覧ください。)
凱旋門の上から見た新凱旋門です。凱旋門の立っているシャルル・ド・ゴール広場からは12本の真っ直ぐな道が伸びています(その内の1本がシャンゼリゼです)。 そのせいでだと思いますが、凱旋門の立っている広場は、エトワール(星)広場と呼ばれています。上から見たら、星に見えるのかしら?

この道も12本のうちの一つですが、名前は忘れました(笑)。向こうに見えるのは新都心とも副都心とも言われている(らしい)新凱旋門とその周りの高層ビル群です。

これも皆様ご存知のエッフェル塔でございます。さすがに時間がなくて、エッフェル塔には登りませんでした。

そう言えばモンマルトルにもバスチーユ広場にもモンパルナスにも行ってないな(実は2回目のパリ訪問でもモンパルナスは行けなかったのです)。

メインがルーブル美術館とオルセー美術館とベルサイユだったしな。しょうがないか。そんなこと言ってるけど、買い物もちゃんとしてるあたり、物欲が旺盛なけいちか@管理人の旅行らしい。

これはルーブルの中のとある廊下です。ルーブルにしても、ベルサイユにしてもフラッシュたかなきゃいくらでも写真とって良いなんて知らなかった。知っていたらもっと感度の良いフィルムを持っていったのに。最低でもISO400はないときついです。普段は400入れてるけど、何故かこの時のフィルムはISO200だったので、デジカメで撮った以外の美術館の写真はことごとく失敗でした。残念無念。
これはノートル・ダム寺院のステンドグラスです。寺院は修理中だったので正面の写真は撮りませんでした。この写真では良く分からないかもしれませんが、このステンドグラス、すごく細かいですよ。こんなのが2つもあるんですからね、この寺院。すごすぎます。キリスト教(プロテスタント)の学校に通っていたので、結構教会は好きです。日本のお寺も好きかな。建物が好きなんですよね、基本的に。

ここに行った時は、まだバレエの「エスメラルダ」も「ノートル・ダム・ド・パリ」も知りませんでした。そういういわく付きだったのね〜。

分かる人には分かる場所ですね〜(笑)。答えはすぐ下の写真を見てください。
オペラ座のオペラ・バスチーユです。上の写真は、劇場前の大きな看板(?)です。私の2回目のパリは、全てこの場所が中心でした。何と言ってもニコライさんのパリ・オペ客演を見に、わざわざモスクワから出かけたんですから…。ですから、遅くなっても大丈夫なように、ホテルも歩いて5分のところだったし、近くにはマクドナルドもあったし、地下鉄に乗れば、どこに行くにもとってもラクチンでしたよ。でも、パリで知り合いになった(やっぱりわざわざモスクワからツィスカリーゼを見に来た)ロシア人の友人と一緒に、大晦日の夜に、シャンゼリゼ通りで年越しをしたら、地下鉄止まっちゃうんだも〜ん(日本の終夜運転は凄いサービスだったって、良く分かりましたわ)。歩いてコンコルド広場から帰ってくるのは辛かったです。(そういえば、ミラノで年越しした時は、地下鉄動いていたけどな…)
ちょっと曲がってますが、気にしないで下さいね(笑)。これはバスチーユ広場の真中に立っている革命の犠牲者を追悼して作られた7月革命記念塔です。何故か暗い写真だ。

ってーことは、オスカル様とアンドレもこの塔は追悼しているのだろうか?(又しても、分かる人にしか分からない内容…すいません。宝塚が好きなもので)

これはパリの地下鉄の入り口です。ちょっと逆光気味なので、あんまり良く分からないかもしれませんが、もぉ〜、な〜んてアールヌーボーしているのっ!実は、けいちか@管理人はかなりなアールヌーボー好きなんですが、この地下鉄の入り口には参りました。あまり残ってないらしいのですよ、この入り口。ここと、ルーブル美術館の近くと、シテ島の駅とかですかね。下の屋根付きのものは、もっと少ないらしいです。わざわざ見に行きました、私(笑)。
これが屋根付きの形のアールヌーボーの地下鉄の入り口です。ここのメトロ、死にそうになりました。何故って、階段が…。確かにサクレ・クール聖堂(下の写真をご覧下さい)が立ってるところだから、丘の上っていうのは分かるけど、これは結構足にきましたわ…。途中エレベーターもあったんですけどねー(エスカレーターじゃなく)。…年かな?(笑)この駅の近所で、ロシア料理レストラン発見。何もパリに来てまで、ロシア料理は食べたくない、と思ったら閉まっていました。
サクレ・クール聖堂はこれです。これでは分かりませんが、この下の写真をご覧になると、良く分かります。凄い高台の上に立っています。実は、1月1日にこの聖堂に行ったのですが、他に行くところがない観光客でごったがえしておりまして(笑)、中でもロシア人の団体様とご一緒してしまいました。右を見ても、左を見てもロシア人だらけ〜。私は何をしにパリまで来たんだ〜???状態(爆)。1回目のパリの時には、遠くからしか眺められなかったので、2回目は来れて良かったと思いました。そういえば、映画「アメリ」の中のカフェはこの近くに現存するカフェらしいですね。
これがサクレ・クール聖堂の下にある階段です。階段の隣はケーブルカーの駅です。そう、ケーブルカーですよ、ケーブルカー。この階段、急で段数が多いことで有名らしくて、絵葉書にもなってました。そういえば、パリでは大晦日の夕方から翌日の夕方まで交通費が無料になってましたね。でも、終夜運転してくれないんだもん(まだ言っている)。

右の木立で隠れておりますが、サクレ・クール聖堂の屋根が見えます。

これはマドレーヌ教会近くの花市場の店先の写真です。きれいでした〜。こんなお店が10軒くらい(?あれ?もっと少なかったっけ?)並んでるんですよ。思わず写真を撮ってしまいました。オランダの花屋もきれいだったんですよね〜。
オペラ座ガルニエです。こちらの劇場では12月30日のマチネを見ました。パンフレットをチェックせずに見ていたので、後でエトワールが踊ったことに気が付いて、ちょっとショックでした(ニコラ・ル・リッシュとジョゼ・マルティネス。因みに演目は別々でした)。こちらの劇場のキオスクの方が、オペラ・バスチーユよりも充実していたと思ったのは、私だけでしょうか?
これは夜のオペラ座ガルニエの写真です。昼と夜では、やはり表情が違うかな〜と思って、両方掲載することにしました。写した場所が微妙に違います。
これは多分…マドレーヌ教会の正面の階段の上から、まっすぐ向こうのコンコルド広場を撮ったものだと思います。記憶力悪し。すでに何を撮ったのか忘れている…。でもね、オベリスクが立っているのはコンコルド広場のはず。だから、この両側の建物の向こう側がコンコルド広場なんです。手前はロワイヤル通りという広い通りなんですねぇ〜。両側の建物は、確かホテルのはずです。しかし、コンコルド広場って、確か革命の時の断頭台のあった場所じゃ〜…っつーことは、ルイ16世とかマリー・アントワネットとかのお亡くなりになった場所なのね〜、と又しても、勝手な世界に入るけいちか@管理人(笑)。
これはコンコルド橋からアレクサンドル3世橋とエッフェル塔を一緒に撮ったものです。橋が全部入りませんでした。しかし、何故ここでもまたロシア皇帝の名前の付いた橋が…。この橋が完成した1900年って、ニコライ2世が即位していたはず(ニコライ2世の即位は1894年。アレクサンドル3世はニコライ2世の父親)。結局エッフェル塔の近くには寄れず終い。確かニコライさんは、ロシアの新聞のインタビューで、「大晦日に“何も起こらなかったら”公演の後、エッフェル塔の下でシャンペンを飲んで年を越す」と答えておりましたが、彼は一体どこで年を越したのでしょうか?

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